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甘崎城は大三島の沖合に浮かぶ島全体を城郭とした海城で、海の難所とされる花栗瀬戸を押える位置にあります。村上海賊が去った後も、藤堂氏によって近世城郭として改修された日本唯一の海城となります。城跡には大小30mに及ぶ直線の石垣遺構が海底にあり、大潮時には石積みも出現。そして、年に数回の潮の干満の大きい時には海が割れ、岸から島に歩いて渡ることができます。
古城島甘崎城跡は古名を天崎城と記され、守護神を祭る甘崎荒神社(現地)の 伝えによると天智天皇10年(671年)8月7日唐軍の侵攻に備えて、勅命により て築城すと云。その初名を上門島海防城といいし由、以て日本最古の水軍城と すべく、以来瀬戸内水軍史上にその名を記し、重ねることはなはだ多く、 元禄4年(1691年)この沖を航したドイツ人ケンペルも帰国後「日本誌」に その雄姿を記して「海中よりそびゆる堡塁あり」と述べた。今日の姿になった のは幕末ころらしく、海底にはなお築城礎石の巨石の列20余条述べ約1,000 メートルを存し、その技法の一部は古代に属するものと見られている。
普段は沖合160メートルに浮かぶ
年に数回の海割れ
散見した石垣の残骸
柱を立てた跡の穴(ピット)